泣く子には勝てない

 

「あーもうめんどくせぇな。なにが不満だよ王子様」

ぴんぴんと跳ねる眩ゆい銀色を冠した頭をガリガリと乱暴に掻いて問いかける無神経な相手に、ベルフェゴールはふっくらとしたチェリーピンクの唇を尖らせた。

「なにそんなこともわかんないの?これだから愚民はやなんだよ。王子もうやってらんない!ばーかばーか!スクアーロのばぁーーーか!!」

10にも満たないような幼児の拙い罵倒は、スラングに溢れた下町育ちのスクアーロにはそれこそ産まれたばかりの赤ん坊のぐずりと対して変わりない。

目元を隠す長く伸ばした金髪すら一向に野暮ったく見えない正真正銘の王子様。

先程から態度と全身で怒りと不機嫌を表して、その金糸の間から覗かせる目を興奮だけでは無い涙で軽く潤ませている。

どうも怒っているだけじゃなく、軽く傷ついているらしい。

部屋に引き上げる前の朝食の時点では大層ご機嫌だっただけに、この短時間に一体なにがそこまで王子さまの繊細な神経に触れたのかさっぱり分からない傲慢な鮫は溜息を吐いた。

それにますます頬を紅潮させていよいよ涙声でつねり始める小さな暴風と、それをどうにか宥めようとしているほとほと困り果てた態の王子曰く愚民を傍目に、ザンザスは頭痛を覚えてこめかみを軽く揉む。

超直感など使うまでもなく、ザンザスにはベルフェゴールの不機嫌の要因など容易く知れる。むしろザンザスだけでなく、このカスを除く大抵の輩には分かるだろう。

一度ちょっかいを出してこてんぱんに伸されて以来、捻くれながらもあからさまにスクアーロに懐いているこの王子様は二人きりの予定だった外出に第三者が加わったのが気に入らないのだ。

これがどうでもいい下っ端だったら荷物持ちのお供くらいにしか認識しないだろうが、相手がザンザスとなれば話しが違う。

なにかにつけザンザスを優先するスクアーロだ。

もし三人で行動となれば男ばかりに気を遣って、自分がおざなりにされる事は分かり切っている。そのためにベルフェゴールは癇癪を起こしているのだ。

滅多にない休暇に二人きりで過ごす約束を取り付けて、それこそ遠足に行く幼稚園児のように浮かれていた王子様にしてみれば冷や水を掛けられた所ではなく、思慕を向ける本人に南極の海に突き落とされたといった所だろう。

しかしながら寝入るザンザスを置いて朝食を取ってきたスクアーロの、

「うぉぉいザンザス。外出るけどあんたも来るかぁ?」

と、着替えを済ませて部屋を出る直前の声に頷いて着いてきた彼に非はない。

ベルフェゴールと約束をしていたのだと知らなかったのだ。

これは完全に人の機微に疎いスクアーロの罪だ。

しかし言って聞かせたとしてこのカスの頭で理解できるとは思えない。

いよいよ甲高く泣きだした子供を抱き上げてあやしている少年に、王子様とおなじく繊細な心を持っている育ちの良い青少年は深く深く嘆息する。

「おい」

「なんだぁ?御曹司」

ベルフェゴールをしがみつかせたまま、くるりと振り返ったその姿に貴様は本当にヴァリアー幹部かと剣の主は問いつめたくなった。

女のような括れたのとは違う、胸部からして全体的に痩せ尖ったスクアーロの腰をがしりと足で挟み、後で皺になるだろうほど力を込めてシャツを握りしめしゃくり上げる子供。その背をそれこそ赤子をあやすように軽く叩いて金髪を撫でてやっているスクアーロの様子は見事に手慣れて、板に付いている。

ひっくひっくと呼吸困難に陥いりそうな年少の部下は、彼なりに敬意を持っている上司には非難もぶつけずに我慢しているが、かけられた声に益々ぎゅうっとスクアーロの痩躯にしがみつく。

まるで母親をとられまいとする子供のようで、ザンザスは己が虐めているような錯覚すらしてくるのだ。

「気が変わった。俺はいかねぇ」

苦々しげに外出は取りやめだと告げる主に、まぁこれじゃあ気分も削がれるよなぁと軽く頷いた唐変木を、そこの重厚な両開きの玄関扉に叩き付けてやっても俺は許されると、スクアーロとの久々の散策をそれなりに楽しみにしていたザンザスは天啓を受けた。

が、ベルフェゴールが未だへばりついたままなので拳を握りしめぐっと堪える。

正確には赤子ではない異端の赤子を含めてヴァリアー内で一番幼い己に懐くこの現在もかなりの実力を持ち、将来の有望性もピカ1のベルフェゴールには、スクアーロだけでなくザンザスもかなり甘いのだ。

漸くスクアーロの胸にぐいぐいと押しつけていた顔を上げた(目は見えないが)王子様を、眉間に皺寄せて睥睨にしか見えない目線で撫でて、王様はくるりと背を向けた。

そのまま玄関ホールを突っ切り、帰ってきたらあのカスを絶対サンドバックにしてやると誰にともなく固く誓って階段を上るザンザスを後ろから追ってきた、

「ボースー!ありがと!!」

という、すでに機嫌を直した金髪王子の甲高いお礼に、まあ、しょうがねぇかと彼らしくもなく諦めにふつふつと沸く怒りを収めるのも、嬉しくない事実だが最近では慣れてきたものだ。

昔から言うだろう。

 

「泣く子には勝てない」

 

まったくその通りだと、格言の正しさを痛感するザンザス16才。

クーデター前の、それなりに平和な日々の出来事である。